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プリティーシリーズ

プリチャンとプリパラの違い【考察】

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目次

▶︎プリパラとプリチャン

▶︎主観のプリパラ・客観のプリチャン

▶︎主観の方が没入しやすい

▶︎その一方で客観は

▶︎一種のリアリズム

※この記事の内容は100%個人の見解です。

自分の考え方が絶対的に正しいとは思っておりませんので、異論は全て受け入れます。コメントやTwitter等にお寄せください。

▶︎プリパラとプリチャン

以前プリパラとプリチャンの違いについて記事を書きました。

あれからそれなりの月日が経ち、改めて読み返して、「こうじゃなくてこうかも……」と思う事も出て来ました。

アニメの見方を探る本シリーズ。

今回はプリパラとプリチャンの違いについて、改めて考えた事を書いてみようと思います。

▶︎主観のプリパラ・客観のプリチャン

今の僕が個人的に思うプリパラとプリチャンの一番の違いは「客観性の有無」です。

これは感情移入できるかできないかと言い換えてもいいでしょう。

感情移入して、それこそ

「俺は真中らぁらだ……(主観視)」

という姿勢で見るか

※もちろん見ている側は自分が主観視しているとすら自覚していない

「私はキラッとプリ☆チャンというアニメを見ています(客観視)」

という姿勢で見るかという差だと思うんです。

プリパラはドラマチックな展開が多く、緩急の幅が広いので、それについて行こうとすると当然視聴者側もジェットコースターのような心情の変化を追体験します。

悲しいすれ違いをした2人が20年越しに再会と和解を果たしたり

二度と立ち直れないような絶望に落とされたり救われたり

など。

ストーリーの動きが激しいので、これを見逃すまいとして画面上のイベントに集中する事になります。

一方のプリチャンはそこまでドラマチックと言える展開はありません

せいぜいウソをつきまくってたら取り返しがつかなくなっちゃった〜とか、

謝るタイミング逃して引っ込みつかなくなっちゃった〜とか、

プリパラに比べると可愛げのある問題です。

▶︎主観の方が没入しやすい

このような差があるプリパラとプリチャンですが、人気度で言えば圧倒的にプリパラに軍配が上がると思います。

どうしてそのような差が出るかという問いに対して、僕が提示する答えは

単純に主観の方が没入しやすいから

だと思います。

プリパラを見ているとき、僕たち視聴者はふと、自分はアニメを見ているという実感を失ってしまう時があります。

その物語に引き込まれ、完全にプリパラと一体化している状態になるのです。

これは心理学の領域では「フロー体験」と呼ばれる現象です。

ミハイ・チクセントミハイという富野監督作品に出てきそうな名前の心理学者が提唱した理論で、日本では「ゾーン」という名称で認知されています。

この状態に入ると極限の集中状態に陥り、さらに、

人はフロー体験を起こしてくれる行為に対して好感を持つ事も判明しています。

つまり、プリパラを見れば夢中になり、夢中になれると余計に好きになる。

プリパラが好きなのでまた見たくなるし、見れば見るほど好きになるというループを生み出す作品、それがプリパラです。

▶︎その一方で客観は

一方でプリチャンはどうでしょうか。

先ほどにも述べたように起きる問題のスケールがあまり大きくありません。

問題のスケールが大きくないため、あまり引き込まれず、結果、没入感は生まれません。

なので、プリパラほど主観的な見方はしづらい傾向にあります。

また、プリチャンはギャグシーンが多いため、絵面がハチャメチャで視覚的に面白いです。

しかし、それは逆に言えば

「こんなの現実じゃあり得ないよw」

という笑いによる面白さなので、

面白ければ面白いほど、プリチャンはアニメでしかないという認識を深めます。

結果、見れば見るほど「これはアニメだ」という引いた視点で見ることになります。

▶︎一種のリアリズム

ではなぜ、プリパラまで続けていた手法をプリチャンに来て変えたのでしょうか。

それは、プリチャンという物語が視聴者のモノではなく、キャラクター達のモノだからではないでしょうか。

普通に生きていたら、目の前の誰かに感情移入するなんて事はないと思います。

なぜなら、その人は自分ではないから。

自分ではない相手と、自分の感情は共有できません。

これと同じように、プリチャンの中で、キラリヶ丘で繰り広げられる日常はあくまでも視聴者の人生ではなく、桃山みらいの人生でしかない。

もっと言えば、桃山みらいの人生も、普通とは違うけれどそこまで波乱万丈な体験が溢れているわけじゃない、ごく普通の人間でしかない。

「あなたは桃山みらいではないし、桃山みらいにはなれない」という現実を見せつける事でその点を際立たせると同時に

「あなたは桃山みらいになる必要はない」

というメッセージを込めているのかな?と感じました。

プリチャンとは、

アニメを見て「彼女達のようになりたい!」と思うのではなく、

「本当になりたい自分になりたい!」と思うこと、すなわち

他人の人生ではなく自分の人生と向き合う事を勧めるアニメなのではないでしょうか。

なりたい自分を見つめ直すという点では、オーロラドリームの「なりたい自分にプリズムジャンプ」に近しいものを感じます。

ひょっとすると、原点回帰をしつつも違ったアプローチを目指した結果が客観性のあるアニメだったのかもしれません。

自分でも何を言っているのかよく分からなくなって来たので今回はこの辺りで失礼したいと思います。では。

【次回】

未定

【前回】

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